本を待つ人のもとへ、軽自動車が走る。
四万十町の小さな移動図書館。
2026.10.30
絵本作家・ヨシタケシンスケさんのイラストをまとった軽自動車が到着すると、子どもたちが集まってきます。側面の扉を開くと、中に並ぶのはなんと約500冊の本! 利用登録している住民であれば、その場で好きな本を選んで借りることができます。高知県四万十町で、2023年から走り始めた移動図書館車は、毎月町内24か所を巡っています。移動図書館車が巡回することで、どんな出会いが生まれているのでしょうか。四万十町立図書館の河野知歌子さんに聞きました。
図書館に来られない人のもとへ、
こちらから出かけていく
四万十町は、広い面積の町域に町立図書館の本館と分館の2つがあります。車を運転しなくなった高齢者や、一人では図書館へ行けない子どもたちにとって、2つの図書館は必ずしも身近な場所ではありません。
「移動しにくいことが、本との接点が持てないことに直結します。この事態を問題だと考えていました。移動図書館車を導入することで、また本を借りられるようになったと喜ばれることが増えました」と河野さん。
移動図書館車が主に訪れるのは、高齢者サロンや放課後子ども教室が開かれる場所です。人が集まる時間に合わせて、地域の集会所等を回ります。図書館で利用者を待つだけでなく、図書館の側から出向いていく、いわゆるアウトリーチの取り組みです。
車に積むのは、一般書と児童書が半分ずつ。料理本や小説、子どもたちに人気のシリーズなど、幅広い分野の本を揃えています。利用者の声を元に新しい本を加えながら、常に棚をフレッシュな状態に入れ替えています。
「“最強王図鑑”のような人気シリーズは、棚にあると子どもたちが『あった!』と喜んでくれます。小説を中心に借りる方も多いため、できるだけ最新作を入れて、選ぶ楽しさを感じていただけるようにしています」。
貸出期間は次の巡回までの約1か月間で、最大20冊まで借りることができます。次回の巡回日まで、家でゆっくり楽しめるように、河野さんは「たくさん借りてほしい」と話します。
山道も、小さな駐車場所も、
軽自動車だから巡れる
日々の運行を担うのは図書館の職員です。基本的に2人で出かけ、運転も貸出業務もすべて担当します。普通免許で運転できることも、職員が交代しながら定期的な巡回を続けるうえで助けになっています。
巡回先には、山あいの集落も多く、対向車とのすれ違いがぎりぎりの道も。目的地でも広い駐車場所があるとは限りません。
「小さなスペースに、車を停めて、扉を上げて、人が集まれる場所を確保しなくてはなりません。実際に巡回していると、軽自動車でなければ難しかっただろうなと感じます」。
移動図書館車の本棚は、両側の扉の中に収納されているつくりです。棚の高さを調節でき、小さな子どもが自分で本を取れるように踏み台も用意しています。届かない本があれば、職員が手を貸します。約500冊が並ぶ棚は、図書館の建物に比べればずっとコンパクトですが、それが思いがけない本との出会いにもつながっていると、河野さんは考えています。
「ふだん図書館では、目的の分野の棚へ直行して本を探すことが多く、なかなか他の棚まで見ることは少ないかもしれません。ところが移動図書館車ではあらゆる分野の本がぎゅっと並んでいるので、探していた本とは別のジャンルの本と偶然出会う可能性があるんです。これも移動図書館車の醍醐味だなと思います」と河野さん。
料理本を探しているうちに、隣に並ぶ小説が気になる。友達が借りようとしている本を見て、自分も読んでみたくなる。目当ての本を探すだけでなく、棚の前で初めて興味を持つ本もあります。
自分で選び、借りる。
子どもたちに生まれた新しい機会
移動図書館車の導入後、特に増えたのが子どもたちの利用登録でした。河野さんが大切にしているのは、子ども自身が本を選ぶことです。
「自分で本を選んで、自分で借りることって、実はわたしたちが想像する以上の喜びがあるんです。大人が薦める本ではなく、自分自身が興味を持った本を手に取れることが肝心だと考えています。借りてみて、全部は読めなくてもいいんです。『本ってけっこうおもしろいな』と感じることが、まずは入り口ですから」。
1か所での滞在は基本的に約40分。本を選んだ後、そのまま子ども同士で紙芝居を読み合いながら過ごす姿も見られます。屋外の開放的な環境の中でリラックスした交流の場を生み出しています。
大人にとっても、本を借りることが人と会うきっかけになっています。
「職員と世間話をしたり、巡回先で会った利用者の方同士で井戸端会議をしたり。定期的に顔を合わせることになるので、わたしたち職員も一人ひとりの様子を気にかけるようになります。しばらく来られなかった方がまた顔を見せてくださると、『お元気でよかった!』と安心します。本の貸し出しだけにとどまらない関係かもしれませんね」。
最近では、スマートフォンの使い方を相談できる「スマートフォン活用サポーター」の取り組みも始まりました。今後はさらに地域に出向くメリットを有効活用したいと考えています。
本との接点をつくるために
軽自動車は今日も走る
もちろん移動図書館車にも課題はあります。屋外で本を選ぶため、天候の影響を受けやすくなります。雨の日はカバーや簡易的な屋根を使いますが、やはり本は借りにくいことも。夏の暑さや冬の雪によって、巡回を中止することもあります。
利用者数も単純に増え続けているわけではありません。子どもの減少や、高齢の利用者が体調を崩して来られなくなることもあり、巡回先や時間を見直し、地域の方々と相談しながら、利用しやすい運行を検討しています。
それでも工夫をしながらこの取り組みを続けるのは、やはり職員のみなさんが「本のある場所」の良さを信じているからでしょう。町のお祭りなどのイベントに出張すると、車の周りに子どもたちが自然と集まってきます。本はもちろんボードゲームやお絵描き道具を持ち込むことで、保護者が買い物をしている間、熱心に時間を過ごす風景も見られるそう。
「本がある場所では、積極的に人と交わるなどの特別なことをしなくても、一緒に過ごすことができます。自然といろんな人の居場所になっていることが多いなぁと感じます」。河野さんは「本」そのものだけでなく「本のある場所」の、価値を体感しています。
来館が難しい人に本を届ける。図書館を知らなかった人に利用のきっかけをつくる。そして、訪れた先で過ごせる場所を開く。四万十町の軽自動車は、今日も本とともに、町内を走っています。
